●武家伝奏 ぶけでんそう
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伝奏とは,親王・摂家・諸社寺および武家などの奏請を天皇や上皇に執奏する役職である。武家伝奏は,武家の諸事を天皇に執奏する公卿の職名の一つ。院政以来あった院伝奏に対し,これは建武中興のときに置かれたのが最初。『二条河原の落書』に「賢者カホナル伝奏ハ」とあるのがそれで,4番20人が交代で行った。職名として制度化されたのは室町時代初期で,中山定親が,改元そのほかの重要事項について公武間を斡旋したのが記録の初めである。江戸時代には定員を2名とし,1603年(慶長8)勧修寺光豊・広橋兼勝が任命されたのが最初で,1867年(慶長3)まで続いた。幕府の命で,弁舌・文筆に優れたものを選んで補任した。伝奏は,京都の所司代や江戸の老中と絶えず緊密な連絡をとりつつ,朝幕間の事務の伝達に当たる要職だったので,就任の際,公家・武家のために尽くすことを誓わせた。役料250俵というが,官位禄物などの配当があって実収三千余石もあった。