●復社 ふくしゃ
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明末の結社。1629年(崇禎2)古学復興を標榜して蘇州を本拠地として全国的な範囲にわたり,一時2,264人の同人を擁した。指導者は,その前身である応社の同人であった張溥(1602〜1641)。八股文評選機関として,科挙試験を受験しようとする生員層を主に組織していた。東林党の政治運動の伝統を継承して,万暦中期以後の宦官派の腐敗した政治に反対し主体的に政治に参加していく。1641年(崇禎14)周延儒擁立工作に成功し東林派内閣を成立させ,[1]収奪政策を緩和して農村を安定させる,[2]詔獄の緝事(スパイ)を廃止する,[3]軍隊監督の宦官を撤廃する,などの政治主張が実現されたが,宦官派の激しい反発にあって失敗に終わった。明朝滅亡とともに同人の多くは反清活動に参加するが,やがて自然解体した。その思想は黄宗義によって総括された。〔参考文献〕小野和子「明末・清初における知識人の政治活動」『世界の歴史11』,筑摩書房