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●福祉国家 ふくしこっか

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 福祉国家とは国民の福祉増進と確保,すなわち,すべての国民に人間らしい文化的最低限度の生活を保障しようとする国家。近代初期の国家のなかには,国民の福祉を政治目標として掲げた国もあったが,その福祉の内容は君主によって決定され,恩恵的なものであり,国民生活のすみずみまで干渉したいわゆる“警察国家”であった。これを“古典的福祉国家”とも言う。続いて19世紀中ごろの“夜警国家”と言われる時代になると,個人の自由競争こそ社会発展の原動力と考え自由放任主義を最良のものとした。この時代には,貧困は個人の責任でその救済は国家の責任ではないとされた。19世紀後半,資本主義経済が発展するとともにさまざまな矛盾が生じてきた。すなわち貧富の差の増大と階級闘争,周期的恐慌と帝国主義である。このような状況のもとで,貧困は恐慌や戦争という個人の責任ではなく政治・経済の構造そのもののなかに原因があるとして,その救済を国家の責務とする近代福祉の思想が台頭してきたのである。スウェーデン・ノルウェー・フィンランド・デンマークなどの北欧の国は,社会保険制度を中心に社会扶助の制度を早くから採用していた。19世紀後半から20世紀にかけて社会主義思想が強調されると,それに対応して資本主義経済体制を修正し,その矛盾を除去して国家・社会の積極的な活動によって国民の生存と幸福を保障しようとした。かくして,近代諸国の憲法のなかに新たに生存権の保障が取り入れられることになった。その原型をなすものがドイツのワイマール憲法であった。社会保障ということばが広く使用されるようになったのは1935年のアメリカの社会保障法以来である。第二次世界大戦後,イギリスは“ゆりかごから墓場まで”国民の生活を保障しようとするビバリッジ報告を実現した。これは社会保障のすべての分野での制度・財源・運営を一元化した総合的な制度であって,各国に大きな影響を与えたのである。日本の社会保障制度は,その内容とする公的扶助社会保険では,不完全ながら明治・大正の時代にさかのぼることができる。しかし,ビバリッジ構想を貫いている理念を基礎として日本の社会保障の基本的な考え方を宣言したのは日本国憲法であった。憲法25条では〈すべての国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する〉と規定し,国がその社会的責任として国民の最低限度の生活水準ナショナル=ミニマムを保障するとしたのであった。社会保障制度とは,国が財政負担と社会保険によって,所得・医療・サービス保障を行って国民の最低限度の生活を保障することである。社会保障は四つの分野に分けられる。[1]社会保険−疾病・失業・老齢・死亡などの将来の生活不安に備えるために,保険料を財源として保障を行う。[2]公的扶助−生活能力のない困窮者に対して生活扶助を行う。[3]社会福祉−社会的ハンディキャップを負っている者に対して経済的給付や社会事業を行う。さらに,国民生活を積極的に高めていくための施策を行う。[4]公衆衛生−公共的立場から国民の衛生管理・疾病予防・健康管理・体力増進などをはかる。ごみ処理や公害対策にも及ぶ。社会保障制度の社会経済上の機能として次の三つがあげられる。[1]生活保障機能−国民の生活水準の維持と安定。[2]所得再配分機能−相互扶助の役割。[3]貧困の防止−生活不安の解消。わが国は新憲法の制定以来多くの福祉政策が導入され,また社会的関心も高まってきた。年金・医療・福祉事業などかなり改善されてきた。しかし経済成長が低下し国の財政状態も厳しく,しかも人口構成の高齢化が急速に進むなかで,福祉はどうあるべきかが新たに問題となってきた。高福祉・高負担の問題,生活安定による勤労意欲減退の問題,老人自殺や非行少年の増大など,福祉国家の課題は多い。

〔参考文献〕吾妻光俊『社会保障法』有斐閣