●不空 ふくう
AD705
705〜774 梵名は Amoghavajra。北インドの婆羅門だというが,むしろセイロン島生まれであるらしい。幼くして孤児となり,718年14歳のときにジャワで金剛智に師事し,次いで師に従って海路より中国に入り,唐の東都洛陽に入ったのが720年(開元8),16歳のころであったと見られる。その後不空は,金剛智の寂年(開元29)に,その遺命によって南海を経てセイロンなどに遊学,経を求めて746年(天宝5)唐の都長安に帰ったという。このころから不空は,師の金剛界曼荼羅法を完成してさらに善無畏のもたらした胎蔵界曼荼羅法を学び,中国の真言密教を総合大成し名声が高まったのである。不空の活動は,呪術的なもののほかに,訳経・講論・建寺・造像など各方面に及び,すこぶる広範囲にわたりはなはだ活発であったが,とくに呪願・祈祷の力はものすごく,その呪法・規模は雄大で芸術的でもあったと言われる。不空の道場は,あたかも一大劇場のような観を呈したと言われている。