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●福音書 ふくいんしょ

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 『新約聖書』の初めに位置する四文書の名称。「福音」に当たるギリシア語ユアンゲリオンは,元来「良き知らせ」を意味する。たとえば,ローマ帝国で皇帝の即位が福音として布告されたが,ヘレニズム的キリスト教においてこの語は「イエス=キリストの福音」という宗教的意味を獲得した。使徒パウロは,とくにキリストの十字架と復活,彼の主権にかかわる救いの使信(メッセージ)を「福音」と言い表し(「ロマ」1章1節以下,「ガラテヤ」1章6〜9節など参照),「マルコ」の記者は地上のイエスが歩んだ十字架への道(歴史)を「福音」のタイトルのもと(「マルコ」1章1節),一書にまとめあげた。「福音書」は「福音」と共通の根源をもつキリスト教会が創り出した独特の文学類型であり,ナザレのイエス=キリスト,その人格と活動,受難(死)と復活の意義を証言する。したがって「福音書」は,古代世界に流布していた単なる回想・伝記文学ではない。あるいは偉大な人物に関するギリシア的言行録,いわんや神話の類とも異なる,いわば歴史(物語)としての福音(メッセージ)の提唱である。

 福音書が成立する以前の原始キリスト教においては,礼拝(祭儀),教育(教義問答・訓戒),伝道(弁明・論争)など教会の状況に応じてさまざまなイエス伝承が有効・適切に用いられていたと思われる。それらを一定の意図のもとに歴史化し最初に一書に編集したのが「マルコ福音書」であるが,その背後には教会の危急のニーズがあった。すなわち,イエスの死後およそ40年が経過し,生前からの直弟子たちが次々と殉教し死去,一方にラビ的ユダヤ教の巻き返し,他方にローマによる苛烈な迫害に直面するとともに,教会内部では,十字架(受難)の意味,イエスの再臨(終末)遅延などをめぐる問題に見通しを与え,グノーシス的異端を駁す神学的課題に迫られ,『旧約聖書』やパウロの書簡類とともに,イエス伝承の正しい理解と集積が切実に求められたことは疑い得ない。「マルコ伝」は概略,[1]導入部(1章1〜13節),[2]ガリラヤ宣教(1章15節〜9章),[3]イェルサレムヘの旅(10章),[4]受難・復活(11章1〜16章8)という枠組みによって十字架において成就される“神の子”イエス=キリストと弟子たちの信従を説く。著者を同定することは困難であるが,70年前後,異邦人キリスト者がパレスチナ以外の地で執筆したものと推定される。「マタイ伝」はマルコの枠組みを踏襲し,これに前史(1〜2章)を置き,マルコ以外の種々の資料を縫合して「山上の説教」(5〜7章)など五大説話を組み入れ,全体を相当に拡大した構成によって,“ダビデの子”なるキリストとともに,「律法」や「教会」のテーマを扱い,イエスの活動の教育的性格を強調する。『旧約聖書』に通暁したユダヤ人キリスト者が,おそらく80年代にパレスチナに近いシリアで執筆したと思われる。「ルカ伝」の構成も基本的には「マルコ伝」に従うが,「マタイ伝」と同様,文体を改め別の資料を用いて「大挿入」(9章51節−18章14節)を試みるなど,独自の展開を示す(1章1〜4節の「献呈の辞」参照)。イエスの出現が世界史の枠内に位置づけられる(2章1前以下,3章1前以下参照)とともに,イスラエル-イエス-教会の一線に即した神の“救済史”を提示し,壮大な歴史神学をもくろむ。著者の名は確定できないが,ギリシア語に精通した3世代目の異邦人キリスト者が,「使徒行伝」に先立って,80年代パレスチナ外のどこかで書いたと考えられる。以上,瞥見したごとく「マタイ伝」「マルコ伝」「ルカ伝」の三福音書は,それぞれ思想的特色を映し出しているにもかかわらず,しかも全体の構成や資料の用い方,要するにイエスを提示する叙述の観点が著しく共通し並行する箇所も少なくないところから,通常「共観福音書」と呼ばれる。「ヨハネ伝」は,共観福音書との間に以下の際立った相違を示す。[1]全体の構成にかかわる異なった地理的・時間的枠組みを設定。[2]奇跡物語の収録が少なく,いわゆる悪霊追放はまったく欠落。[3]神の国の教説を外し,「わたしは〜である」というイエスの自己啓示を中心内容とする長大な説話が語られる。おそらく本書の著者は,文献上,直接,共観福音書に依存することなく,受難物語や奇跡伝承など一部共通した資料を独自の経路で入手し,さらに別の特殊資料を加え教会の歴史的状況に即応する仕方で先在と受肉とキリスト,ことばとしるし,真理の霊としての“助け主”など特色ある概念を導入し,その内容を拡大し発展させたものと思われる。著者はユダヤの地誌に通暁したユダヤ人キリスト者という程度以外は知られていない。90年代以後,100年前後の間に成立。執筆の場所については,シリアから小アジアにかけてのかなり広域を想定する説が有力である。