50音順    検 索

●福井藩 ふくいはん

アジア 日本 AD 

 越前国(福井県)福井周辺を領有した家門の大藩。福井は初め北ノ庄と言い,関ケ原の戦い後,徳川家康の第二子結城秀康が越前一国六十八万余石を与えられ,1601年(慶長6)入封,越前国の大半を領有した。その後2代忠直の乱行さらに6代綱昌のときの「貞享の大法」(1686・貞享3)で,激しい財政難に見舞われるなど藩政の動揺が著しくなる。その対策のための御用金の賦課,貢租の増徴また藩専売制の強化は,しばしば百姓一揆を生起させた。ところが幕末の16代慶永(春嶽)のもとで始められた天保改革に引き続き,厳しい“外圧”に直面する安政期での抜本的な藩政改革で,謀臣橋本左内,熊本藩出身の横井小楠由利公正らのざん新な論策により,いわゆる「民富論」的富国策の実効をあげた。また洋式軍制改革でみごと「雄藩」に脱皮し,中央政局に対しては“公武合体(公議政体)”路線を推し進め,「公議輿論」による国論統一を懸命に画策した。