●富貴寺大堂 ふきじおおどう
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平安末期に隆盛した阿弥陀堂建築の西限に存し,九州地方唯一のものである。桁行3間,梁間4間,一重屋根は,平面形式の同じ三千院本堂(入母屋造り・檜皮葺き)とは異なり,宝形・行基葺きにつくる。中尊寺金色堂(1124・平治1)以降の鶴林寺常行堂・三千院本堂の流れに沿うものである。四天柱の前二本の位置が側柱筋と一致せず,側柱中央柱筋よりやや前面に置かれていて中世的であることから,寺伝に言う仁安ごろ(1166〜1169)の創建とするのは疑わしい。内陣を構成する四天柱を丸柱とし,組物を使わず外陣の柱を大面取角柱,柱上に舟肘木を置く。天井は,外陣を小組格天井,内陣を一段折上げ小組格天井を張る。須弥壇上には,阿弥陀浄土変を描いた来迎壁を背に,半丈六の阿弥陀如来坐像を安置する。そして周囲の荘厳には,内陣四天柱・長押・無目・小壁・外陣四周の壁・長押などにも浄土図を彩色図絵に描いている。