●プガチョフの反乱 プガチョフのはんらん
NIS諸国 ロシア連邦 AD1773 ロシア帝国
1773〜1775年 ドン=カザークのプガチョフ(1742ごろ〜1775)に率いられたロシアの農民・カザークの反乱。18世紀,とくにエカチェリーナ2世の治世に強化された農奴制,カザークへの干渉への不満を背景として起こる。1768〜1774年のロシア=トルコ戦争のさなか,1773年秋ヤイク=カザークはプガチョフに率いられ,ヤイクを占領しオレンブルグを囲んだ。これに多くの農奴・キルギス人・バシキール人が加わり,1774年5月反乱軍はウラルを発しカザン・ペンザからモスクワヘと西進した。プガチョフは「土地と自由」の標語を掲げ,1762年に殺されたピョートル3世を偽称,1774年7月31日農奴解放を宣言した。これに呼応してヴォルガ川西岸で農民がいっせいに蜂起し,一部中央ロシアに及んだが戦争も終わり政府軍が増強されたので反乱軍は南に向かい,8月サレプタに大敗した。プガチョフは捕えられ1775年1月モスクワで処刑された。
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