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●深川セメント製造所 ふかがわセメントせいぞうしょ

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 明治政府が設立した官営セメント工場で,日本のセメント製造の草分け。のち民間に払い下げられた。大蔵省土木寮のち内務省土木寮が深川清住町1番地に創設した摂綿篤(セメント)製造所(1873,明治6ころと推定)を,1874年2月,工部省製作寮に移管,ただし,4月,新しくイギリス・アメリカ製造法に合わせて,セメントがま・乾燥場などいっさいを新設した。同寮六等出仕宇都宮三郎がこれを監督したが,宇都宮は岩倉具視ら一行の欧米巡回に随行し,1875〜76年,再度イギリス,アメリカに行き,製造法を学ぶ。最初のセメント製造成功は1875年5月19日であった。1877年1月,製作寮廃止に伴い,探川工作分局と改称,3月,白煉化(瓦)石製造場を増設した。皇居増営のため,1880年8月,焼がま2座を増設したが,官業払い下げの議がおこり,1883年4月,当分局を廃し,浅野総一郎へ貸与(白煉化石製造場は西村勝三へ),1884年7月,払い下げられ浅野財閥の基礎となった(浅野セメント,のち日本セメント)。