●フォルスター
ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1754 ハプスブルク朝
1754〜94 ドイツの旅行記作家・博物学者・評論家。11歳で父のロシア調査旅行に同行して以来,旅行はフォルスターの学校であり,創作の源泉であった。なかでも最大の旅行は17歳の少年であった1772年に出発し1775年まで3年間に及んだクック船長の第2回世界探険旅行に同行したものであった。カッセルとヴィルナでの博物学教授をへて,1788年,マインツ大学司書。1792年,フランス革命軍のマインツ占領後,当地のジャコバンクラブの指導者としてドイツ領土における初の共和国を建設。しかしこの共和国は短命に終わり,フォルスターは亡命地パリで客死。旅行記として『世界周航記』(1777)と『ニーダーラインの観察考』(1791〜94)が代表作である。前者はクック船長に同行した探検旅行を青年の鋭い観察と豊かな感受性で記録したもので,南洋,タヒチなどの自然・社会を即物的科学性と反植民地主義的人道性をもって描いている。後者はフランス革命直後の西欧の風土,社会,生活,文化を題材にした旅行記であるが,客観的観察と民主主義的・主観的思想や判断とを交錯させている点で従来の旅行記の枠をうちやぶるものであった。同行した A. V. フンボルトに直接の影響を与えたのを始め,ハイネなどの紀行文の先駆的位置を占めている。フランス革命は同時代のドイツ知識人に大きな影響を与えた。ゲーテなどその多くが観念世界のなかで内的・抽象的ヒューマニズムにむかったのに対し,フォルスターは経験的物質性を重視しヒューマニズムの現実化に努力した。この意味で“自由な進歩の精神”のもとに“世界市民的・社会的著作”を残した“真の散文家”(F. シュレーゲル)であった。なお彼はカーリダーサの『シャクンタラー姫』の独訳によりドイツにおけるインド学の基礎を築いた。