●フェルディナント2世 フェルディナントにせい
AD1578
1578〜1637(在位1619〜37)神聖ローマ皇帝。1595年,シュタイエルマルク侯,1617年,ボヘミア王,1618年,ハンガリー王となる。インゴルシュタットでイエズス会の教育を受け,プロテスタントを弾圧する。その結果,ボヘミアの貴族は彼を廃位して三十年戦争に突入することになった。それでも1619年に皇帝に選出され,旧教徒同盟の援助を得てボヘミアを破り,国王に復位。その後,名将ティリーやヴァレンシュタインの軍隊が勝ちすすみ,ほとんど全ドイツを制覇したため,1629年には,1552年以後プロテスタントに没収された教会領をカトリックに返還すべき“回復勅令”を一方的に発布し,皇帝の権威は著しく高まった。しかし,その後流れが逆転し,フランスとスウェーデンが戦争に介入し,プロテスタントを援助したため,彼の勢力は後退した。彼の企画は挫折し,一時はプラハの和約(1635)によって小康を得たが,失意のうちに没した。