●フェルディナント1世 フェルディナントいっせい
AD1503
1503〜64(在位1556〜64)神聖ローマ皇帝。皇帝カール5世の弟にあたり,カール5世の即位(1519)後,1521年にオーストリア世襲領の統治を委託され,1526年,ボヘミア王,ハンガリー王となる。帝国では兄の不在中は代理人となり,1531年にはドイツ王に選出される。カール5世の退位(1556)後,ドイツ諸侯はその子フェリペ2世を拒否し,彼を皇帝に選出。その結果,ハプスブルク家はオーストリア系とスペイン系に分離した。彼はトルコとの戦争を遂行。また宗教問題に腐心し,彼自身はカトリックを信奉したがプロテスタントとの和解に努め,カール5世の意志に反してパッサラ協定(1552)を結び,アウグスブルク宗教和議(1555)を成立させた。しかしトリエント宗教会議の影響で,反宗教改革を準備した。オーストリア世襲領において官僚制の発展に貢献し,宮内参議会や財務本庁など常置の中央官庁の設置に成功した。