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●風名 ふうめい

アジア 日本 AD 

 わが国のような4面を海に囲まれ,国土の中央部を山岳が連なる自然環境下においては,1年の各季節によって風は吹く方向や性質がほぼ定まり,その風に対して各地方で一定の名称がつけられている。一般に風名には,シ,セの語が語尾となっているものが多く,これはそれらの語が元来,風を意味したことばであったからであろう。

【属名研究の意義】各地方の風名を比較研究することは,単に国語や方言の由来を明らかにするだけでなく,そのことばを伝え歩いた人々の生活を知る手がかりともなる。すなわち,今日でも漁民や船乗りは非常に細分化された,季節・風向・性質にもとづく風名を語り伝えているが,原名は日常生活のなかで風と強くかかわりをもった人々である海上生活者によって命名されたり伝播されたものが少なくない。したがって,風の地方名やその分布状態を知ることは,漁民や海上運送にたずさわった人々の文化や海上交通史を明らかにしていく手がかりとなるのである。以下では,一定地域にひろがりをもったり,また地域により対比的な風名について幾つかを取り上げてみよう。

【冬の季節風】冬の季節風をさす名称としてはタマカゼ,アナジ,ナライなどが代表的な語である。タマカゼは富山県を南限に広く北日本の沿岸部で用いられ,冬季間の冷たく強い北西風をさす。タマとは霊魂のことで,タマカゼは悪霊の吹かせる風の意であろう。わが国の古い方位観ではタマカゼの吹いてくる北西は凶の方角とされている。アナジは近畿地方以西で北西風をさして広く用いられ,「アナジの八日吹」といういいならわしがあり,持続性が意識されている。ナライは三陸地方から紀伊半島にかけての太平洋岸に分布する語で,地方によりさす方向は異なる。北西の季節風が中央山地を越えたあと,地形によって風向が変化するからである。ナライとは山の嶺の側面に沿って吹く風という意味である。

【夏の季節風】夏の季節風には,マジ・クダリ・ハエなどの語が広く用いられる。マジは伊豆半島から九州宮崎方面までの太平洋岸に分布し(四国・九州ではマゼに転化),春先から秋口までに吹く,湿潤で温暖な南風をさす。マジのマとはウマの方角をいうのであろうが,異説もある。クダリは北陸以北の日本海岸でおもに南からの風に対して用いられ,同じ名称は瀬戸内海や西九州でも一部地域で知られている。いずれも都からこの風に乗って下っていく方向を表し,これらの地域では逆方向の風に対してノボリの語が用いられる。ハエは山陰地方から九州西岸,奄美・沖縄地方で用いられ,南風をさす。長崎県や沖縄県には,南風崎(ハエノサキ)や南風原(ハエバル)の地名がある。また伊豆半島や志摩半島では,梅雨季の湿潤な南風をクロハエ,梅雨あけ後の乾燥した南風をシロハエと呼び分けている。

【その他の特徴ある風】以上の季節風以外に,地域的に特徴ある風名として,アイノカゼ・イセチ・ヤマセなどをあげることができる。アイノカゼは日本海沿岸を中心に広域で用いられる語で,さす風向は地方によって多様だが,海から来る風をいう。近世までは,日本海を南下する船はこの風を利用し,北上する船はクダリを利用したのである。その意味で,日本海の海上交通には重要な風であった。一般に,海から寄せくる寄り物をアユと呼んだ地方は多いが,それを約束する風という意味でアユノカゼが用いられるようになったと推測できる。イセチは鳥取県や京都府の日本海側で東南から吹く大風をいう。これは単に伊勢の方角から吹く風というだけではなく,北西から吹くタマカゼに対抗するものと考えられたのかもしれない。ヤマセは北海道南部から九州北部まで広く分布し,土地によりさす風向は異なる。通常は背後の山から吹く風をさしたのであろう。東北地方北部では夏季の偏東風をヤマセと呼び,ヤマセが長く吹く年は冷害に陥るケースが多く,農民もこの風には敏感である。

〔参考文献〕柳田国男「風位考」『定本柳田国男集』20,1960,筑摩書房

東奥日報社編『風土の刻印−ヤマセ社会』1983,東奥日報社