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●フィヒテ

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1762 ハプスブルク朝

 1762〜1814 ドイツの哲学者。ザクセンのラメナウに生まれ,イエナ大学,ライプチヒ大学に学ぶ。1790年に初めてカント哲学を知り,自由と必然の問題を解決して哲学体系の構成に確信を得る。1794年,イエナ大学に招かれて活躍するが,1799年,無神論論争によってベルリンに去る。1807年,ナポレオンのドイツ侵入にあたっての『ドイツ国民に告ぐ』という講演は有名。1810年,ベルリン大学創設と共に哲学教授・初代公選総長となる。カント哲学を受け継いで体系化し,自我を根本原理とする哲学を確立してこれを知識学と名づける。無神論論争後は自我の根底に絶対者を定立し,ヨハネ福音書を介して,一切を絶対者の現象と観ずる観点にいたった。

〔参考文献〕隈元忠敬『フィヒテ知識学の研究』1970,協同出版

大峯顕『フィヒテ研究』1976,創文社

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