●フィウメ事件 フィウメじけん
AD1919
1919年9月,イタリアの詩人ダヌンツィオが現在のユーゴスラヴィア領フィウメ(現名リエーカ)を占領した事件。この地は18世紀末以来ハンガリーの治下にあったが,19世紀末ごろからイタリア系住民が増加した。第一次世界大戦の際この地を含むダルマティアの領有実現の約束のもとにイタリアは三国同盟に背き連合国側に組して参戦したが,ヴェルサイユ条約ではこの約束が守られず,イタリア側に不満を残した。愛国詩人ダヌンツィオの義勇隊を率いての決行はこのような世論を背景として行われたもので,その後の交渉の結果1920年8月,イタリア-ユーゴ間のラツパロ条約によりフィウメは自由市となった。しかしダヌンツィオはこれにも反対したためイタリア政府によって放逐された。なおイタリア政府はさらにユーゴと交渉して1924年,ローマ条約を結び,それによってフィウメはイタリア領とされ,その港の一部がユーゴ領として割譲された。