●ファーリズム=シャー
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アム河下流域ファーリズム(ホラズム)の王侯が用いた称号。この名を称した王朝で有名なのは,11〜13世紀に栄えたファーリズム=シャー朝(ホラズム帝国)である。その始祖テギン(在位1077〜97)はセルジューク朝に仕えたトルコ系の奴隷であったが,解放されてファーリズムを管轄した。その子ムハンマド(在位1097〜1127)は自立してファーリズム=シャーを称した。この王朝の全盛期はムハンマド(在位1200〜20)のときで,領土は西トルキスタン,イラン高原の全域に拡大したが,バグダードの征服には失敗した。モンゴル帝国と宥和せず,チンギス=ハンの遠征によって王朝は崩壊し,領土は荒廃した。ムハンマドはなすところなく逃走中に病没したが,その子ジェラール=ウッディーン(在位1220〜31)は王朝の復興をめざして勇戦した。しかし,オゴタイ=ハンが派遣したモンゴル軍の追討を受け,逃走中に落命して王朝は滅んだ。