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●ファシズム

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 ムッソリーニファシスト党ヒトラーのナチ党に象徴される20世紀独特の,国粋主義運動と結合した独裁思想であり,その行動や政治形態をさす。語源というべきイタリア語のファッショには[1]束,結束[2]「古代ローマ」施政者の紋章,などの意味がある。

【背景】1917年のロシア革命は資本主義社会に対して加えられた激しい衝撃であり,それに伴って高揚したボルシェヴィズムに対する対抗意識がファシズムの最も基本的な特徴をなす。それは,第一次世界大戦末期から大戦直後の時期にかけてまきおこされた政治や社会の混乱のなかから芽生え,労働運動や社会主義運動の活発化に対抗する運動として登場する。ムッソリーニが1919年3月23日に,北イタリアのミラノで「戦闘者ファッショ」を結成し,ヒトラーが同年1月5日に南ドイツのミュンヘンで成立した,のちの「国家社会主義ドイツ労働者党」すなわちナチ党の前身というべき反ユダヤ主義的小党の「ドイツ労働者党」に同年9月に入党していることが注目される。1922年10月29日,「戦闘者ファッショ」の「ローマ進軍」によってムッソリーニ政権が成立する。ファシズムの語が普及するのはそのころからである。そこで「ファシズム」とは,最も狭く限定するときは,戦間期イタリアに固有の思想・行動・政治形態をさすが,しかし,一般には,ムッソリーニ政権成立前後の時期の1920年代に出現した,ポーランドのピウスツキー政権やハンガリーのホルティ政権,ついで1933年1月30日に成立したヒトラー政権や,1936〜39年の内乱を通して確立したスペインのフランコなどもファシズム支配の事例とみなされており,さらに1936年の二・二六事件以後の日本の政治形態をもファシズム支配と規定する論者もいる。ファシズムはこのような資本主義発展の後進国にのみ成立する政治現象ではなく,フランスでのアクシオン=フランセーズやクロア=ド=フー(火の十字団),さらにモーズリーの「イギリス=ファシスト同盟」のように,民主的伝統の根深い国家でも野党として勃興したばかりでなく,枢軸国の壊滅した第二次世界大戦後でも,1950年代の朝鮮戦争時代にアメリカでマッカーシズムが高揚した。今日でも,とりわけ多くの発展途上国ではファシズム培養の土壌がなお根絶されていない。

【主張】ファシズムは[1]自国民族の発展を極端に強調する民族至上主義ないし国粋主義思想の鼓吹,[2]「社会ダーヴィニズム」思想による支配の論理の是認,[3]英雄崇拝にもとづく独裁的指導体制の樹立,すなわち全体主義政治確立への要求,などにその共通した主張をもっており,そのため反マルクス主義や反議会主義を唱えたが,とりわけドイツでは,「ユダヤ人」に対して実施された狂信的人種理論による「人工地獄」の創出と,思想・信条弾圧の強制収容所がそのシンボルとして知られている。ファシズムの理論としては,インフレーションや恐慌による経済生活の危機の襲来によって没落する中間層の運動とみる学説が有力であるが,ファシズムの攻撃目標になったマルクス主義陣営も戦術戦略論としての定義を規定し,ファシズムに対抗するための理論を固めている。1935年8月2日のコミンテルン第7回大会の席上で行われたブルガリア共産党のディミトロフの報告のなかにその理論が示された。〈権力を握ったファシズムは,金融資本の最も反動的,最も排外主義的,最も帝国主義的な分子による公然たるテロ独裁である〉と述べたこの規定は,ファシズムの階級的本質と露骨な暴力支配という特徴を強調したもので,今日でもソ連や東ドイツ(ドイツ民主共和国)などの社会主義国家のファシズム論の古典定義として教条視されている。

【概念】その後のファシズム理論の研究は新しい成果をもたらし,とりわけファッショ化過程の解明にあたった。これまでは,大衆運動の形態をとったドイツやイタリアの事例を「下からの」ファッショ化と呼び,戦前の日本の場合は,支配層が「下からの」ファシズム運動によってかもし出された雰囲気を利用して,「上から」ファッショ化を推進した事例とみなされてきたのに対して,現段階では「擬似」革命と「権威主義的反動」という概念を駆使することによって,「下から」とか「上から」といった表現に代わるファシズム論が定着している。「擬似」革命とはファシズムの大衆運動を概念化した表現であり,「権威主義的反動」とは伝統的支配層のファッショ化を概念化した表現であるが,各国のファシズム体制の特殊性を究明する鍵は,この二つの契機のあいだの勢力関係をどのように分析し把握するかにあるといえる。ファシズム運動を支えた階層は第一次世界大戦後のインフレや恐慌による経済混乱のなかで,巨大資本に対しても,また,活発化する労働運動に対しても,憎悪の念を抱いた都市や農村の下層中産階級や一部の失業者で,イタリア=ファシストのように黒色の,また,ナチスのように褐色のシャツを制服として派手に左翼勢力粉砕の行動を展開した。しかし,ファシズムの権力獲得はこのような街頭運動のみの自力によるものではけっしてない。「下からの」ファシズムの典型的事例といわれるヒトラーの場合でも,第三帝国の成立はヒンデンブルクを先頭とするユンカー(土地貴族)や軍部の援助のほか,シャハトら財界人の協力を得てようやく実現したものである。その点からいえば,ムッソリーニの場合は,王室・軍部・教会などの伝統的支配層の協力がヒトラーの場合以上に大きかったことが指摘できる。政権を掌握したファシズム勢力は独裁体制を固め「侵略」戦争へ歩を進めた。

〔参考文献〕ノルテ『ファシズムの時代』上下,1972,福村出版

デ=フェリーチェ『ファシズムを語る』1979,ミネルヴァ書房

山口定『ファシズム』1979,有斐閣

山口定『現代ファシズム論の諸潮流』1976,有斐閣

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