●ピレンヌ
ヨーロッパ ベルギー王国 AD1862
1862〜1935 ベルギーの歴史家。ドイツ国境に近い小都市ヴェルヴィエに生まれ,リエージュ大学で G=クルト教授に学んだ後,ドイツ・フランスに留学。1885年,母校リエージュ大学の教職についたが,翌年,ガン大学に移り,ヨーロッパ中世史とベルギー史を担当した。以後1930年に退職するまで,45年間ガン大学にあって研究や後進の指導にあたった。彼の最大の研究テーマは,母国ベルギーの歴史的形成過程の究明にあり,大著『ベルギー史』7巻(1900〜32)は文字どおりのライフワークであった。この研究はまた,彼の関心を中世ヨーロッパの経済活動や都市生活にもむけさせることになり,『中世都市』,『中世ヨーロッパ社会経済史』などの作品を著した。第一次世界大戦中のドイツでの抑留生活の経験は,彼の視野を西ヨーロッパ世界全体にむけさせた。そして古代から中世への転換の問題を,イスラームの西進による統一的地中海経済の分断という新しい視点からとらえる仮説を打ち立てた。それは,彼の死後,『マホメットとシャルルマーニュ』(1937)と題して刊行され,ピレンヌ=テーゼとして学界の注目を集めた。