●肥料 ひりょう
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肥料は,農業において,耕地の集約的利用を可能にする重要要素であり,歴史上,耕地利用の集約化に応じ発展してきた。ただし,養畜部門が農業経営に大きな比重を占めていたヨーロッパなどの農業においては,三圃式農法や輪栽式農法などのように,放牧や飼料栽培に耕地を循還し,地力を高めることが可能であり,また多量の廏肥(きゅうひ)も得られることから,日本とは発展の歴史を異にしている。日本では弥生時代に,稲作に刈敷(田植前にすき込む生の草・枝)が使われており,また「延喜式」によれば,平安時代に内膳司の園で廏肥を使用している。しかし施肥が全国的に一般化するのは鎌倉期であり,刈敷や青灰(草木の灰)の利用により荘園の生産力が発展した。江戸時代に入っても全国的には,刈敷,自家の人糞尿,畜糞,廏肥が中心であり,多量の刈敷や廏肥用の夏草・干草の採草地である林野の不足と,その利用形態はつねに問題となった。一方,城下近郊の蔬菜生産や,綿などの加工原料作物の生産には,17世紀より,干鰯,油粕,人糞尿などの購入肥料が使用されるようになった。とくに稲・綿の二毛作では干鰯をはじめとする多量の肥料を投入し,その購入支出は生産費の50〜60%に達していた。これらの肥料は明治末に化学肥料が普及するまで基本的には使われた。