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●ヒラーファト運動 ヒラーファトうんどう

アジア インド AD 

 第一次世界大戦後のインド-ムスリムの大衆的反英運動。連合国側が敗戦国トルコのスルタン=カリフ(予言者の代理者の意)の地位廃止を打ち出したのに反対し,1919年9月,アリー兄弟らがヒラーファト委員会を設立。運動の大衆化の上で,農村のムスリムにも影響力を有する僧職者ウラマーたちの役割が大きかった。大戦後の反英闘争の指導者ガンディーはインド国民会議派をあげてこの運動に合流,みずからもキラーファト委員会議長となる。しかし1921−22年に展開された,南インド・マラバール地方(現ケーララ州内)でのムスリム農民モプラーの反英ヒラーファト闘争はガンディーによってその暴力性を非難された。1922年2月のガンディーの第1次非暴力抵抗闘争停止宣言によって,ヒラーファト運動も急速に冷却し,多くのムスリムはこれをガンディーの裏切りとして不満を抱いた。会議派のこの運動への参加に関し,政治に宗教を持ち込んだとの批判もあるが,農村のムスリム大衆を反英民族戦線に結集した運動自体の歴史的意義は大きいものがある。