●兵庫 ひょうご
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地名。兵庫というのは兵器庫を意味する。律令体制下では兵器を出納するところ,管理を扱うところ,兵庫関は831年(天長8)設置され,停泊する船から関料徴収する道を開いた。その後東大寺・興福寺が権利をもつようになってくる。江戸時代には兵庫津と呼ばれるにいたった。ここはその意味でも瀬戸内海のみでなく南海,さらに北前船その他の廻船の中心拠点の一つである。西国街道筋の重要な港津の一つで浜本陣が置かれ,和田岬付近は神戸産業の発展の核となり,突端は1863年(文久3)沿岸防備のため和田岬砲台をつくった。1864年(元治1)の兵庫開港の際には,外国貿易・市中取り締まりのため兵庫奉行が設けられたが,尊王攘夷運動のため廃止されたが,1867年(慶応3)には開港のため設置されている。兵庫港はそこを基盤に神戸がつくられる。