50音順    検 索

●ヒューム

ヨーロッパ 英国 AD1711 後期スチュアート朝

 1711〜76 イギリスの哲学者・思想家。スコットランドの地方名門地主の分家に生まれる。エディンバラ大学に学び(1723〜26ごろ),18歳ごろからロック・バークリーの哲学に疑問を抱く。処女作『人間本性論』3巻(1739〜40)は無視にあう。『道徳・政治についてのエッセイ』(1741〜48),認識論を平易に書き直した『哲学論集』(1748)は成功。1752年からエディンバラ法律家協会図書館司書となり,経済論を含む『政治論集』(1752),人間本性論の経験科学的集成としての『イギリス史』6巻(1754〜62)を公刊。パリ(1763〜65)ではルソーを知る。彼の哲学は「観念」に「印象」を先行させることで実体観念などを感官の所産とし,因果関係も観念の習慣的「連合」にすぎないとして,経験哲学をその極まで導いた。道徳論では快苦への共感を原理として功利主義に道を開く。政治論ではロックのいう社会契約を否定して王権を勢力均衡の中道に位置づけようとした。経済論では不徹底ながらも重商主義批判がスミスの自由主義につながるものとして評価されている。

01