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●百姓代 ひゃくしょうだい

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 江戸時代の村役人の一つで,年貢や村入用の割当てなどに,百姓代表として立会うのが任務とされていた。庄屋(名主)・組頭とともに村方(地方)三役と称された。その村の本百姓のなかでも有力者から選ばれ,通常は1村に一人であったが,大きな村の場合には2〜3名おかれたこともある。幕府直轄領では,庄屋(名主)・組頭・百姓代の村方三役きちんと各村ごとに置かれたが,私領の場合には百姓代と呼ばず長百姓と呼んだところもある。もともとの趣旨が,一般農民の利益を代表して,庄屋―組頭の年貢割付けを監視するということであったわけで,幕府や諸藩の農村支配体制が確立してから設けられたものである。つまり村方三役のなかでは最も新しく置かれたもので,だいたい元禄ごろから文書でみられるようになる。江戸中期以降になると,一般農民の利益代表という性格はなくなり,庄屋・組頭とともに村の有力農民層を形成する一員となった。