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●ピブン

アジア タイ王国 AD1897 ラタナコーシン朝

 1897〜1964 タイ国総理(在任1939〜44および1948〜57)で国軍元帥。中国系3世のタイ人としてバンコク郊外に生まれ,陸軍士官学校・参謀学校卒業後,軍派遣将校としてパリ砲兵学校へ留学。1927年パリで6人のタイ人留学生とともに人民党を結成し,1932年立憲革命発起人の一人となる。革命後はその指揮者として国務相・国防相を歴任し,1939年首相に就任。第二次世界大戦中には軍備拡張・国家信条の制定・華僑同化政策を推進し,1940年にはインドシナ国境領土返還を果たし,元帥・国軍最高司令官となる。1941年12月日本軍の駐留を認め,1942年対米英宣戦布告,1943年ビルマ=マレー国境領土返還を果たした。終戦後,戦争犯罪人として逮捕されたが1946年釈放され政界に復帰,1948年総理に返り咲き,反共親米政策を掲げた。1955年訪日し戦時特別円返済協定を結び,また欧米旅行後に政治の民主的改革に乗りだしたが失敗。1957年政変後失脚し,日本へ亡命(1958〜64),1964年相模原市で病死した。