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●ピピンの寄進 ピピンのきしん

AD754 

 754年ピピン(小)が教皇の要請でイタリアに遠征しランゴバルドを討ち,奪還したラヴェンナを教皇に寄進,教皇領の始まりとなる。ランゴバルド王アイストウルフはイタリアにある東ローマの領土ラヴェンナを陥れ,ローマ占領を目論んだ。このため教皇ステファヌス2世ピピン(小)に援助を求めてフランクに赴いた。754年4月ピピンはキエルシにおいて教皇と会見し,ランゴバルドを討ちその領土をローマ教会に寄進することを約束した。754年夏と756年の2度にわたってピピンはイタリアに遠征しアイストウルフを破り,ランゴバルドから奪還したラヴェンナのエクザルケートとペンタポリスを教皇に寄進し,寄進状を聖ペテロの墓に捧げた。これが「ピピンの寄進」といわれるもので,これにより教皇はキリスト教世界における精神的な首長であるとともに,教皇領を支配する世俗君主の性格をもつようになった。