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●日比谷焼き打ち事件 ひびややきうちじけん

アジア 日本 AD1905 明治時代

 1905年(明治38)9月5日ポーツマス条約調印当日に,講和条約に反対した民衆がおこした暴動事件をいう。同日,黒龍会系の頭山満・神鞭知常・佐々友房,憲政本党系の河野広中らが主催する講和条約破棄の国民大会が東京日比谷公園で開催されることになったが,政府は治安警察法により禁止し警官隊を導入した。集まった民衆は警官隊と衝突し,閉会後,政府の御用紙国民新聞社・内相官邸・キリスト教会・警察署・市街電車を襲撃し,派出所・交番の7割を焼き打ちにし,暴動は翌6日夜までつづいた。政府は軍隊を出動させ,緊急勅令をもって戒厳令の一部を東京市・府下4郡に施行し,約2,000名を検挙し多数の新聞を発行禁止として言論を取り締まった。事件の死者17人,負傷者約500人,起訴311人,有罪87人に及び,ほとんどが戦争の犠牲となった都市勤労無産者層であった。事件は講和反対運動の全国的展開の起動力となり,横浜・大阪・名古屋など各地にひろがった。