●雛遊び ひなあそび
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三月節供に飾る人形や調度の前で,白酒やあられを飲食して楽しむことをいう。もと,小さな男女一対の人形に供物をささげ,神事を行うことが基本であった。古くから宮中や公家では天児(あまがつ)や這子(ほうこ)と呼ぶ人形に穢れや災厄を移して流す呪いが行われていた。ひいな(雛)はもともと自然物や日常用品の手づくりで,糸雛(鹿児島)・柿の葉ジンジョ(秋田)・カミオカタ(伊豆)などがあり,遊び方もただ飾って楽しむだけでなく,ままごと遊びのようなことをしていた。内裏雛以下宮廷に模した人形,あるいは御所人形と呼ばれるものが飾られるようになったのは,江戸中期以後のことである。内裏雛一対・随身の左右大臣・三人官女・五人囃子・白丁・左近桜・右近橘などを雛壇に飾り,しだいに華美になった。しかし地方ではその地で生産される紙人形や土人形が飾られていた。現在でも雛人形の起源に近い形代(かたしろ)の面影をとどめるものが地方には残っている。