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●人柱 ひとばしら

アジア 日本 AD 

 橋・城・堤などの構築に際し,人を生きながら埋めてその堅固なるべきことを祈念したとする伝説。古くは『日本書紀』仁徳天皇の条に,茨田(またむ)堤を築くとき,武蔵の人強頸(こわくび)と河内の人茨田連衫子(ころものこ)とを河泊に捧げたという話がある。名高い摂津長柄(ながら)の橋の話は『神道集』に記される。いわく,架橋に際し人柱をたてることが決まったが,その人選にあたり,袴に縫いはぎのあるものにせよと進言したものがあり,言を容れて人を選ぶとたまたまその本人であった。〈ものいへば長柄の橋の橋柱鳴かずば雉のとられざらまし〉の歌とともに知られている。築島の人柱伝説は幸若の詞章にもある。輪田泊の構築のとき,人柱30人をたてるべき旨が卜占に出た。このとき平清盛の童松王健児(まつおうこんでい)がただ一人身代わりとなり,法華経1万部とともに海に沈み,工事は無事完成したという。この類の伝説は各地に遺存するが,話型の著しい一致からみても,それらが歴史的事件であったとは信じ難い。犠牲者が六部・巡礼・盲僧・塩売り・椀売りなどであることからすれば,このような旅人によって伝播されたものであろう。母子がともに人柱にたったという話も多いが,これは水辺の祭をつかさどった巫女が母子信仰を伝えた名残りであろう。

〔参考文献〕柳田国男『妹の力』,1940,創元社,(『定本柳田國男集』9)