●ピトケアン島 ピトケアンとう
ヨーロッパ 英国 AD
イギリス属領。南緯25度4分,西経130度6分の位置にあり,タヒチ島からは南東2,160km。長さ3km,幅1.5kmの不規則な形をしており,面積は約4.5平方km。最高地点は約350m。1767年,マゼラン海峡を突破したイギリス軍艦が互いを見失い,片方のドルフィン号(サミュエル=ウォリス艦長)がタヒチ島に行き当たり,南方の航路をたどったスワロー号(フィリップ=カータレット艦長)がこの島影を見かけ,最初の視認者であった少尉候補生の姓をとって命名された。バウンティ号の反乱者たちが,1790年この島にたどり着き,さまざまな殺戮事件をおこした。1808年,アメリカ船トパーズ号が寄港して,初めて反乱者の子孫たちのいることがわかったが,生き残っていた反乱者はジョン=アダムス(アレキサンダー=スミスとも名乗る)ただ一人であった。現在,ニュージーランド駐在のイギリス高等弁務官の統治を受けている。