●ヒッパルコス
ヨーロッパ ギリシャ共和国 AD
前2世紀のギリシアの天文学者・数学者・地理学者。ビテュニアのニケーア出身。前162年から前126年まで,生涯の大半をロードス島で天体観測をして過ごした。アラトスが詩の形式に直したエウドクソスの『現象Phainomena』に対する批判的注釈書3巻が現存する唯一の著作である。このなかで彼は,星座や星の叙述について両人を批判している。十数篇にのぼる他の著作の内容は,プトレマイオスの『アルマゲスト』ならびにストラボンによって今日まで伝えられている。ヒッパルコスはアポロニオスが確立した周転円−離心円体系の理論を採用して,彼自身の観測データにもとづいて太陽と月の運行を説明した。彼の独自性は自分の観測結果をバビロニア人の残した日(月)食の記録と結びつけた点にある。彼は1回帰年を365と4分の1から300分の1日と計算したが,これは実際の値より6分26秒長いだけである。彼の功績のなかで最も有名なのは,秋分点と恒星スピカの距離の実測値をおよそ160年前のティモカリスの観測値と比較して,分点における歳差を発見したことである。彼はまた,視差の研究から太陽と月の大きさや距離を算出する方法を考案した。彼の偉大さは,天文学における観測の重要性を強調しただけでなく,鋭い批判精神をもって観測データを選別した点にある。それゆえデータが不足した場合には,憶測による理論の構築を厳に慎しんだ。彼の批判精神は地理学にも十分に生かされた。彼は数理地理学の祖ともいうべき人で,緯経度の設定にとくに苦心した。その点で,エラトステネスの『地理学』を厳しく批判している。彼は数学者としても非凡で,平面三角法を体系的に応用した最初の人であり,多分球面三角法をも十分に理解していたであろう。