●ヒッタイト
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古代オリエントに活躍した最古のインド=ヨーロッパ語族。同時代のミタンニ・カッシート両国の支配階級もアーリヤ人だった。この民族は旧約聖書にヘテ人と記されているが,その実体は20世紀の初め,ウィンクラーのボアツキョイ(首都ハットゥシャシュの遺跡)発掘によって明らかになった。1万枚におよぶ王室文庫の出土により,ヒッタイト王国の言語は,リディア語・リキア語などとともに,小アジアのインド=ヨーロッパ語の一部とされた。この解読を行ったのは,チェコのフローズヌイで1915年の解読が学界に認められ,1917年にはヒッタイト語文法書を出版している。これは現在知られている最古のインド=ヨーロッパ語で,サンスクリット語・ギリシア語・ラテン語などより早く,共通祖語から分離したものらしい。彼らは自らその言語をネシア語と称したが,それは最古の都ナサに拠る。ルウィア語とパラ語の別があるが,前者の方が古い形をよく残している。彼らはミタンニ人と同族でこれから楔形文字を学び共通神として古代インドのインドラ・ヴァルナ・ミトラなどの神々を崇拝していた。また彼らの遺した固有名詞にはアレクサンドロス・レスボス・アカイアなどに酷似したものがある。帝国滅亡(前1190)後,北シリアにヒッタイトの末裔がシリア=ヒッタイトといわれる小都市国家群を建てたが,これは独特のヒッタイト=ヒエログリフを用いており,近ごろこれとフェニキア語の対訳碑文がカラ=テペから発見されている。