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●ビーダーマイヤー

ヨーロッパ ヨーロッパ AD 

 ナポレオン戦争が終わると,ヨーロッパには反動復古の傾向が始まり,ドイツやオーストリアにおいても,オーストリアの宰相メッテルニヒの主導のもとで,厳しい弾圧の政策がとられた。結社の自由や新聞の自由は認められず,いっさいの出版物は厳格をきわめた事前検閲を通らなければ許可されなかった。一方,共和主義から生まれたナポレオンに解放の夢を託したドイツの市民階級は,フランス革命以来25年にわたって,社会のすみずみにいたるまで影響を及ぼした動乱に疲れ果てていた。こうした時代のなかで市民たちのあいだでは,国家や政治とかかわりをもたず,深遠な思想を語ることもせず,諦念を抱きながら,ひたすらに身近な事物や静かな生活に思いをひそめるという生き方がひろがっていったのである。この生活態度から現れてきた芸術様式が,一般にビーダーマイヤー様式と呼ばれている。はじめこの概念が美術工芸の分野に流布したことからもよくわかるように,文学のみにかかわる概念ではない。ビーダーマイヤーという名称は当時の政治漫画に由来するが,1850年ごろに作家ルートヴィッヒ=アイヒロットが風刺詩集の題名として用いた架空の小学校教員の名前である。ところでビーダーマイヤーの時代に関しては諸説が入り乱れている。最もひろくはナポレオン没落(1815)から三月革命(1848),あるいはこの傾向が色濃くなってくる1830年ごろから,詩的リアリズムの勢いが強まりはじめる1850年まで,あるいは美術・工芸の分野でこの様式が最盛期を迎える1820年代末から1830年代末までなどである。作家としてはふつう,アンネッテ=フォン=ドロステ=ヒュルスホフ(1797〜1848)・エドゥアルト=メーリケ(1804〜75)・アーダルベルト=シュティフター(1805〜68)などの名があげられるが,この時代にはそのほかにも多数の作家がビーダーマイヤー的傾向を示しているのとともに,古典主義・ロマン主義・三月革命前などとも時期的に重なることを忘れてはならない。