●ピタゴラス
ヨーロッパ ギリシャ共和国 AD
古代ギリシアの哲学者。イオニアのサモス島の人。サモスのポリュクラテスの僣主政治を嫌って,南イタリアのクロトンに移住(前531ごろ)。彼の名声はクロトンで,彼を中心とする学派−教団が結成されるまでに高まり,彼自身このポリスで指導的役割を果たしていたが,政治上の紛争に巻き込まれ,メタポンティオンに難をさけ,その地で生涯を終わった。前570年ごろに生まれ,75〜80歳で死んだと考えてよいであろう。いわゆる(古期)ピタゴラス派の教説として知られているものを,ピタゴラス自身と,その派の人々のおのおのに分けて帰することは難しい。事情はすでに前4世紀においてそうであった。彼は自らの教説を秘義とし,弟子たちにも外部に洩らすことを禁じたと伝えられる。しかし,同時代人のクセノパネスや,一世代後のヘラクレイトスが,彼の教説について知っていたことは確かである。彼の名声は,当時からギリシア世界にひろまっていたといえる。彼の学問の特色は信仰と一体をなしているところにある。その信仰は魂の不死・転生を説くものだった。魂が転生のサイクルに組み込まれることは,絶えず肉体に閉じこめられることになり,神・永遠につながることを妨げられる。ここから肉体の悪を清めることをすすめる考えが生まれる。清め(カタルシス)として「ピタゴラス的生活法」と愛知(ピロソピア〔哲学〕)が重んじられた。こうして哲学に,イオニアの自然学にはなかった新しい意味が加えられた。ピタゴラス派の学問は,数にもとづく世界観・自然観であるという特色をもつ。ピタゴラス自身がこのような考えを抱くにいたったのは,音階が絃の長さの簡単な整数比で表されることを発見したことによると推定される。世界を数的構造において理解し,天界全体をも秩序ある姿としてとらえることによって宇宙の神秘にふれ,魂が清められるとした。