●ヒジュラ暦 ヒジュラれき
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多神教・偶像崇拝という既存の価値観と真っ向から挑戦するイスラームの預言者と,その信者たちに対する迫害は,メッカで強まる一方であった。ムハンマドがメッカを逃れ,メディナに到着したのは,ラビーウ=ル=アウワル月8日(622年9月20日)であったといわれる。この聖遷(ヒジュラ)によって,ムスリムは史上はじめてメディナに,信者たちの共同体をつくることができ,これを基礎に大規模な発展が可能となった。そしてこの記念すべき聖遷をイスラーム暦の始点とすることを定めたのは,第2代カリフのウマルであった。638年に彼は,622年の太陰暦の新年に当たる7月16日を,元年の初めとするヒジュラ暦を正式に採用した。以後この暦は,今日にいたるまで,ほとんど全世界のムスリムの暦としてひろく用いられている。この暦は純粋な太陰暦で,太陽暦より11日前後短く,約33年の周期で季節が一巡する。コーランにより閏月を設けて太陽暦との差を調整することが禁じられたことと,季節が一巡するため世界各地のムスリムに対し,平等に巡礼参加の機会を与えるために,この暦が用いられるといわれている。1日は日没に始まり,622年7月16日の日没時からヒジュラ暦1年が始まっている。月名と日数は以下に示す通りである。1月 ムハッラム 30日
2月 サファル 29日
3月 ラビーウ=ル=アウワル 30日
4月 ラビーウッ=サーニー 29日
5月 ジュマーダ=ル=ウーラー 30日
6月 ジュマーダッ=サーニー 29日
7月 ラジャブ 30日
8月 シャアバーン 29日
9月 ラマダーン 30日
10月 シャウワール 29日
11月 ズ=ル=カアダ 30日
12月 ズ=ル=ヒッジャ 29日または30日
合計354日または355日(閏年)。閏年は30年に11回あり,ヒジュラ暦の年教を30で割って余りが以下の数に該当すれば閏年である。2・5・7・10・13・15・18・20・24・26・29。