●菱田春草 ひしだしゅんそう
アジア 日本 AD1874 明治時代
1874〜1911(明治7〜明治44)六曲の屏風絵『落葉』,晩年の『黒き猫』など内的・観照的境地を描いて著名な明治後期の代表的日本画家。長野県飯田の生まれ。名は三男治。15歳で上京し翌年東京美術学校入学,校長岡倉天心や橋本雅邦の薫陶を受け,21歳で同校卒。帝国博物館の古画の模写に携わる一方,母校の講壇にも立つ。天心の同校辞職と行動をともにし,1898年日本美術院に参加,横山大観・下村観山らとともに日本画の近代化に中枢的位置にあって活躍した。天心の唱える個性創造の理想に応え,洋風画を取り入れ,沿線彩画描法を駆使して新しい日本画を追求。『雲中放鶴』『蘇李訣別』などの作品を残す。これは師の雅邦を超えた前衛的作品であるが,朦朧体との世評を受け,実在感の乏しさを課題に残した。インド・欧米を巡歴後写実的画風を得,日本画と洋画との対立を統一へと進め,1909年『落葉』で線と色彩の調和ある知的・静寂な自然描写を確立。近代日本画の一つの到達点と高い評価を受けた。『落葉』以後,さらに内的世界に沈潜,洗練された技巧をもって古典的・象徴的画境を深くしたが,眼疾を患いついに失明した。前半期の作に『水鏡』,晩年の力作として『雀に鴉』『早春』そして『黒き猫』がある。
![]()