●彼岸 ひがん
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春分・秋分の日を中心にして前後3日間をさす。前後7日間で最初の日を入り,最後の日を明けとする。意味は彼岸に行ってしまうの意味で悟りを得た状態をさす。浄土思想ではこれを阿弥陀のいる極楽にいたった状態と解した。阿弥陀浄土が西にあるとする所から,太陽が真西に沈むときに観想すると浄土に行けるという行(ぎょう)ができ,春分・秋分にこの行を行うこととなった。これには,立春・春分など季節の節目に持斎するとよいとする中国思想の影響もあった。日本では古く806(大同1)年に彼岸会を行ったとあるが,大阪四天王寺で彼岸の日没を拝む日想観は古くから有名である。一方民俗として,この日一日中太陽を拝む日のともの行事があった。これは江戸時代六阿弥陀詣として江戸でも行われた。また地方によっては祖霊の来る日ともされ,彼岸にいたる日の意味とも重なり,墓参りの習俗が一般化した。