●東廻り航路 ひがしまわりこうろ
アジア 日本 AD
東廻り海運ともいい,江戸時代,日本海沿岸の港から津軽海峡をへて太平洋に出,江戸にむかう航路。奥羽地方東岸航路の意で,奥羽諸藩の蔵米を江戸に回米する目的で開かれた。慶長・元和ごろ(1596〜1623)米沢藩が仙台藩領荒浜より,仙台・南部藩が石巻より,1625年(寛永2)津軽藩が青森より,それぞれ江戸へ回米した。1655年(明暦1)秋田藩が土崎港−津軽海峡−江戸への東廻り航路を開拓した。その後阿武隈川−荒浜港−銚子−関宿−行徳−江戸の航路が利用された。1671年(寛文11)河村瑞賢が,荒浜−平潟−那珂湊−銚子−小湊−相模の三崎あるいは伊豆の下田―江戸の航路を開いた。前者を「銚子入内川江戸廻」といい,後者を「外海江戸廻」と呼んで両方が利用された。後者では,平潟・那珂湊・銚子・小湊に検査所を設けて船の遅速や水夫の勤惰を調査し,海難のときに応急の処置をとらせたので,費用・損害が激減した。河村瑞賢は西廻り航路も開拓した。
![]()