●比較教育学 ひかくきょういくがく
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【歴史】比較教育学は,教育学の一つの新しい分野であり,国際化時代を迎えた現代社会において,その果たす役割がますます大きくなりつつある。比較教育学の歴史は,フランスのジュリアン(1775〜1848)に始まる。彼は,1817年に『比較教育学の構想と予備的見解』という小冊子を刊行し,比較教育学の目的と方法を初めて明らかにした。その後,19世紀の近代国家の出現に伴って,教育を国家的に整備する必要から外国教育事情の調査研究が盛んに行われ,各国において貴重な報告書が数多く作成された。明治初年の「学制」に重要な影響を及ぼした田中不二麿の『理事功程』(全15巻)は,そのような報告書の一つである。このような基礎を踏まえて,第一次世界大戦後,比較教育学がようやく世人の注目を集めるようになった。わが国では,第二次世界大戦後に急速な発展を遂げ,1980年(昭和55)に第4回世界比較教育学会大会が日本で開催されている。【特色】比較教育学の第1の特色は,研究方法として比較研究法を用いている点にある。教育学研究では哲学的研究方法・歴史的研究方法・社会学的研究方法などさまざまな研究方法が用いられているが,比較研究法を用いているところに,比較教育学の最も大きな特色が認められる。第2の特色は,比較教育学の研究対象が教育の全領域にわたっていることである。教育制度・教育行政・教育課程・教科教育などの比較はもちろんのこと,教育思想や教育哲学の比較も可能である。このように,比較教育学の研究対象は教育の全領域にわたっており,特定の分野に限定されていない。しかし実際の研究においては,最初から教育の全領域の問題を比較することは困難である。したがって,最初は教育の各分野の比較研究に取り組み,それを積み重ねて全体比較にいたるのがふつうである。第3の特色は,比較の時点という観点からみるとき,比較研究が現在を中心として行われていることである。アメリカの著名な比較教育学者キャンデル(1881〜1965)が〈比較教育学とは教育史を現在にまで延長したものである〉と述べているように,比較教育学の主要な関心は現行の教育にむけられている。教育史が教育事象の変化や発展を時間的に縦の関係において眺めるものとすれば,比較教育学は現在を中心として,それを空間的に横の関係において考察するものといえよう。第4の特色は,比較の単位という観点からみるとき,国を単位として教育の比較研究が行われていることである。比較研究にあたっては,もちろん国以外に民族・文化圏・社会体制,国内の州や県などを単位として比較することもできるが,現代の教育が国家を中心とする公教育として発達している事実からみて,国を単位とする比較が理論的にも実際的にも最も妥当であると考えられる。しかし,今後は,民族・文化圏・社会体制,国内の州や県などを単位とする比較研究にも,おおいに関心がむけられるべきである。最後に第5の特色として,今日では,いわゆる外国教育学が比較教育学のなかに包摂され,外国教育学は比較教育学の第1段階であるとする考え方が優勢になっていることを取り上げておきたい。かつて,ドイツの高名な比較教育学者シュナイダー(1881〜1974)は,単なる外国教育事情に関する研究を外国教育学と称し,それは比較教育学に資料を提供する重要な補助科学ではあるが,比較教育学そのものとは本来異なったものであるとし,それを比較教育学から峻別した。しかし,イギリスやアメリカでは比較教育学と外国教育学とは一般に厳密に区別されておらず,外国教育学は比較教育学の第1段階を構成する重要な分野であるとされており,このような考え方が一般的に支持されている。これを要するに,比較教育学は,教育の全領域を対象とし,2カ国以上の教育を現在を中心として比較し,さらに,いわゆる外国教育学もそのなかに包含する学問である。
【比較研究法】教育の比較研究にあたっては,研究目的や研究対象の相違に伴っていろいろの方法が採用されている。その一つに要因分析法がある。これは,各国の研究にあたって,単なる現状記述に終わるのではなく,教育現象の背後に迫って,そこに作用している政治的・社会的・文化的要因を分析しようとするものである。イギリスのハンス(1888〜1969)は,そのような要因として,自然的要因(人種・言語・地理的および経済的条件)・宗教的要因(カトリック・アングリカン・ピューリタン)および世俗的要因(人文主義・社会主義・国家主義・民主主義)をあげている。また,前述のシュナイダーは,各国の教育を形成する要因として,国民性・地理的位置・文化・経済・学問(とくに哲学)・政治・宗教・歴史・外国の影響・教育の内的自己発展力をあげている。要因分析の研究は第二次世界大戦後各国で盛んに行われたが,それはきわめて巨視的な研究であり,比較教育学が科学として確立されるには,比較研究法をさらに発展させる必要があった。それにこたえて,アメリカのベレデイは,比較の4段階説を提唱した。まず第1の段階は「記述」である。比較研究の第一歩は,比較しようとする諸外国の教育の記述に始まる。そのためには,資料の収集が行われ,それが分類整理される。第2の段階は「解釈」である。この段階では,収集された資料によって明らかにされた各国の教育事象の解釈が行われる。ここでは,教育事象が「いかにあるか(how)」ということよりも,「なぜそうなのか(why)」ということが問題とされる。第3の段階は「並置」である。記述と解釈が行われると,次に並置の段階に入る。この段階では,まず資料が比較可能な形に並置され,比較の基準が設定される。さらに,資料の再吟味を通じて,比較分析のためのここから仮説が設定される。第4の段階は「比較」であり,比較の対象にされるすべての国々の資料が同時的に比較され,並置の段階で設定された仮説の検証が行われる。このように,比較の4段階説は,比較研究法をさらに具体化し発展させた。とくに,仮説を検証する機能を比較研究法に付与したことは,一つの大きな進歩であった。しかし,仮説を検証する方法については,まだ十分な考察がなされていなかった。そこで,アメリカのノアとエクシュタインはその共著『比較教育科学を求めて』(1969)のなかで,仮説を検証するための具体的な比較研究方法を展開している。それによると,まず第1に「仮説の定立」が行われる。第2は「概念の明確化と量化」であり,仮説のなかの重要な概念を定義づけ,比較を可能にするための量化を行う。たとえば,教育水準という概念については,[1]初等中等教育就学率,[2]国民所得に占める教育費の割合,[3]15歳以上の人口の文盲率などを指標として取り上げ,一定の数字をもって教育水準を表す。第3は「データの収集と修正」であり,前述の指標に関するデータを各国について収集し,これらのデータを仮説検証に利用しうるように修正する。第4は「データの操作」であり,修正されたデータを操作して仮説の検証を行う。
【課題】比較教育学の歴史を一貫して流れている一つの潮流は,教育改革への寄与ということである。すなわち,比較教育研究においては,単に外国教育の調査や比較だけにとどまらず,「われわれ自身はどうやったらよいのか」という実践的問題に対して一定の方向性を与えることが要請されている。比較教育学は,純粋学問研究と実践的意思決定とのあいだの大きなギャップを埋め,教育政策や教育改革に対して具体的貢献をなし,日本の教育の発展に寄与するものでなくてはならない。
〔参考文献〕沖原豊編『比較教育学』1981,有信堂
沖原豊・石附実監訳『比較教育学と教育政策』1977,南窓社
沖原豊訳『比較教育学』1965,御茶の水書房