●稗田阿礼 ひえだのあれ
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天武天皇朝後期の舎人(とねり)。生没年未詳。『古事記』の序文に,天武天皇が,諸家の伝える帝紀および本辞の虚偽を正して後世に伝えるためにその改撰を命じ,かくて成ったものが『古事記』(“原古事記”)であるが,これを阿礼に勅語して誦習せしめられたとある。『古事記』序文によると,阿礼はときに28歳で,〈人と為り聡明にして,目に度(わた)れば口に誦み,耳に拂(ふ)るれば心に勒(しる)す〉とある。その記録された漢字に即して阿礼が暗誦した和文の“原古事記”を,太安万侶が,〈子細に探りヒロ※注1※〉った上で,文意のわかりにくいものには注(読みの注と意味の注)を付した。これが再撰された,現にみる『古事記』である。阿礼はこのとき60歳に近かったと推定される。『弘仁私記』序は天鈿女命(あめのうずめのみこと)の後裔とする。この阿礼を女性とみる説もあるが,舎人(男子)に相当する女子は女儒(めのわらは)で壬申紀に双方併記され,令制亦,女儒乃至采女(うねめ)であるから,この説は誤りであろう。
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