●飛雲閣 ひうんかく
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西本願寺内の東南の一郭にある滴翠園の滄浪池に臨んで建つ3階建ての庭園建築。寺伝では,豊臣秀吉が1586年(天正14)から1587年に京都に造営した聚楽第から,寛永年間(1624〜44)に現在の場所に移したと伝えているが,それを明らかにする証拠はみつかっていない。1階の主室である柳の間(招賢殿)の形式が西本願寺の対面所と同じ本願寺型であり,上段のむかって右手に上上段を設けているところまで類似していて,対面所の改築と御影堂や阿弥陀堂の作事が行われた寛永年間に,現在の場所に初めて建てられたと考えられる。しかし,2階の歌仙のあいだと3階の摘星楼は1階と寸法体系が違い,あるいは寺伝のように聚楽第から移されたのかもしれない。1階の東側には1798年(寛政10)ごろにできた茶室の憶昔が付属し,西側には黄鶴台と名づけられた風呂がある。屋根にさまざまな形式が使われ,外観は変化に富んでいる。