●ピウス9世 ピウスきゅうせい
ヨーロッパ イタリア共和国 AD1792 サルデーニャ王国
1792〜1878 258代教皇(在位1846〜78)。イタリアのセニガリアで生まれ,スポレトの大司教・イモラの司教・枢機卿を歴任し,教皇に選出。1848年マッチーニにローマから追放され,ナポリ王国のガエタへ逃れた。1850年フランスのナポレオン3世の力でローマへ帰還。以後10年間教皇領を守ったが,1860年サルジニア王エマヌエレ2世がロマーニャ・マルケ・ウンブリアを略奪した。1870年ローマはイタリア王国に併合され,教皇はヴァティカンに立て籠り,新王国の承認を拒絶した。この対立状態は1929年のラテラノ協定による解決を待たねばならなかった。1854年聖母マリアの無原罪懐胎説を教理として宣言。1864年に発布された回勅「Quanta cura」に添えられた「誤謬表」には,合理主義・自然主義・社会主義・共産主義などが断罪されている。1869年の第1回ヴァティカン公会議で教皇の不謬性を宣言した。
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