●ピアジェ
ヨーロッパ スイス連邦 AD1896
1896〜1980 スイスの児童心理学者。ニューシャテル大学での軟体動物の研究で哲学博士の学位を得て,1924年ニューシャテル大学教授,1928年ジュネーヴ大学の科学思想史の教授になり,同大学付属ジャン=ジャック=ルソー研究所長も兼ねた。1952年から1962年までソルボンヌ大学の発生心理学の教授を兼任しながら,ジュネーヴ大学でも教え,ルソー研究所をも主宰した。1956年ジュネーヴ大学内に発生的認識論国際研究所を創設,生物学・心理学・論理学・数学その他の領域の学者を集め,学際的に認識の共通問題を研究した。研究分野は心理学のみならず哲学・論理学・教育学など広範にわたり,多くの協力者とともに莫大な独創的研究を発表した。彼は決められた質問ではなく,子どもとの臨機応変的なやりとりで子どもの思考を追求する,いわゆる臨床的方法を用いて,児童心性の特徴は自己中心性(ego centricity)にあるとした。そして,自己中心性にもとづいて実念論(realism)・物活論(animism)・人工論(artificialism)などの児童世界観が出てくると考えた。1922年から1932年までのあいだに『子どもの言語と思考』『推理と判断』『世界観』『物理的因果性』『道徳判断』などが出版され,一躍,児童心理学者としての地位を高めた。ピアジェは若いときパリでシモンのすすめでテストの標準化を手伝ったが,のちに知的発達の研究を行った。乳児がある対象に対して同じような活動を繰り返したり,類似した対象や状況に対して同じような活動をする場合,個体のなかにその活動を生み出す一定の機能的な組織・構造を仮定してピアジェはこれをシェマと呼んだ。知的発達の過程は下位の構造を包摂しつつしだいに高い構造に成全される過程ととらえることができる。彼は発達とは,主体と客体が相互作用をおこしつつ均衡にむかうことであると考え,「同化」(assimilation)と「調節」(accomodation)の概念を示している。同化とは,既存のシェマを外界に適用し,外的事物をそのシェマのなかにとりこむ作用である。調節とは,既存のシェマで外界を同化しようとしても,同化できない場合,既存のシェマ自体の構造や同化の周期を外界にあわせて変化させる作用である。知能の発達とは,この二つの作用の均衡が,低次な水準から高次の水準へと発達することである。彼は知能の発達段階を次のように分類した。すなわち,感覚・運動的知能の時期(0〜2歳),前操作の時期(2〜7歳),具体的操作の時期(7〜11,12歳),そして形式的操作の時期(11,12〜14,15歳)である。ピアジェは知能(思考)の研究のほかに知覚・心像・記憶についても膨大な研究を残している。知覚の発達的研究では,幼児から大人にいたるまでの錯視,恒常性,因果関係の知覚の量的変化が検討され,これらは1961年の『知覚の機構』にまとめられている。心像の研究では,心像を「静態心像」(動かぬ対象やシーンについての心像)・「運動心像」(動くものについての心像)・「変換心像」(変形する対象についての心像)に分けて,その発達的変化について述べている。記憶に関する研究では,〈記憶のコードそのものは,本質的に知能に依存する〉もので,知覚的モデルの再現ではないとして,発生的見地から記憶と知覚との関係を強調した。認識論の研究では,1950年『発生的認識論序説』全3巻を刊行し,数学から社会学まで,あらゆる科学にわたって,その基本的概念を発生的認識論の立場から述べている。また『発生的認識論研究』もつづいて刊行されている。ピアジェの研究は今日の認知心理学・発達心理学の発展に貢献したのみならず,教育に多くの示唆を与え,とくに幼児教育や各国のカリキュラム改革運動に大きな影響を与えた。ただ彼の膨大な著作はきわめて難解で読みづらいというのが多くの研究者の悩みである。また彼の臨床的方法による諸研究の成果は,彼の英知と優れた直観にもとづくものが多く,今日の実験計画法や統計的検定法からみるときわめて大まかである。しかし,偉大なる心理学者としての地位は少しもゆらぐものではない。