●万法精理 ばんぽうせいり
アジア 日本 AD
モンテスキューの主著『法の精神』(1748)の最初の邦語訳。1875年(明治8),何礼之(がれいし)によって翻訳・出版された。全18冊。何礼之は代々長崎の唐通詞をしていた家に生まれ,もと礼之助といった。1864年(元治1),長崎の英語伝習所の学頭となり,維新後,東京開成学校の教授となった。1871年の岩倉使節団に随行して渡米,法律学士サミュール=ティロルなる人物に会って,西欧の法律の根幹にモンテスキューの思想があることを教えられ,これと相前後して『法の精神』の英訳本『デヰ,スピリット,オフ,ラウス』を入手した。箕作麟祥(みつくりりんしょう)は1874年,『法の精神』の抄訳を「明六雑誌」に掲載していたが,何礼之はその完訳を『萬法精理』として刊行し,近代日本の法思想史上の出発点となった。『萬法精理』はまた,自由民権運動にも大きな思想的根拠を与えたのであった。