50音順    検 索

●班超 はんちょう

アジア 中華人民共和国 AD32 後漢

 32〜102 後漢の初め,西域を征して武功をあげた将軍。右扶風・平陵(陝西省咸陽市)の人。字は仲升,班彪の子,斑固の弟。父や兄と同じく,多くの書伝を渉猟したが,筆を投じて異域に功を立てんとして竇固の匈奴遠征に従った。功を認められて西域に使いしてゼンゼン※注1※にいたったが,王は匈奴の使者がいたため班超らを冷遇した。班超は〈虎穴に入ずんば虎児を得ず〉と,部下36人を率いて匈奴の営を襲い,使者ら百余人を焼殺した。ゼンゼン※注1※王は恐れて服属し,ついでウテン※注2※(ホータン)を攻め,竇固が帰国ののちも西域にとどまり西域諸国を降して,その支配はパミールにまで及んだ,後漢は91年(永元3),西域都護に任じた。さらに部下の甘英大秦に送り,95(永元7)年には定遠侯に封じられた。西域に在ること31年間,年老いて帰国を請い,洛陽に帰って1カ月後に没した。

〔参考文献〕後漢書77,班超伝

00