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●パンチェン=ラマ

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 チベット最高の活仏ダライ=ラマについで副法皇の地位にあり,タシルンポ寺の座王であるためタシ=ラマとも呼ばれ,ダライ=ラマが観世音菩薩の化身であるとされているのに対し,阿彌陀如来の化身であるとされている。14世紀にツォンカパ(宗喀巴)が始めたゲールク派 Dge-lugs-pa(黄帽派)に属し,ツォンカパの高弟ケートゥブジェの4代目の転生者,ロプサン=チョキー=ゲルツェンが,5代ダライ=ラマの師となって教学を指導した功積に対してダライ=ラマが与えた称号で,以後代々パンチェン=ラマと尊称される。清朝もこれにならって班禅額爾徳尼の称号を贈った。実際にはロプサン=チョキー=ゲルツェンが初めてパンチェンを称したが,法系的にはケートゥブジェを初代とし,彼は4代目ということになっている。

 初代:ケートゥブジェ=ゲレク=パルサンポ(1385〜1438)

 2代:ソナム=チョラン(1438〜1505)

 3代:ロプサン=ドントゥブ=ベンサワ(1505〜68)

 4代:パンチェン=ロプサン=チョキー=ゲルツェン(1569〜1662)

 5代:パンチェン=ロプサン=イェーシェー=ペルサンポ(1663〜1737)

 6代:パンチェン=ロプサン=ペルデン=イェーシェー(1737〜80)

 7代:パンチェン=テンペ=ニンマ(1781〜1852)

 8代:パンチェン=ペルデン=チョキー=タクパ(1853〜82)

 9代:パンチェン=ゲレ=ナムゲー(1883〜1937)

 10代:パンチェン=ロプサン=チンレ=ルントゥブ=チョキー=ゲルツェン(1938〜現在)

 ケートゥブジェゲーツァブとともにツォンカパの2大弟子で,時輪学者であり著作も多く,ゲーツァブについでガデン寺の座首となった(在位1432〜38)。4代パンチェンは5代ダライ=ラマの師であり,1642年青海ホショット部のグシ=ハンラダク王に後押しされた西チベットを中心とする紅帽派の反乱を討伐したのち,西チベットの支配権を受け継ぎ,以後歴代パンチェンはこれを継承した。清の康煕帝は彼の転生者をタシルンポ寺のパンチェン(大師)に任命する勅旨を出して彼を尊敬した。6代は乾隆帝の招請で北京に入り客死した。13代ダライ=ラマのとき,ヤングハズバンドの英印軍がラサに侵入し(1904,光緒30),ダライ=ラマが蒙古に逃避したため,9代パンチェン=ラマはチベットとイギリスとの和平のために努力したが,1910年(宣統2)清軍の入蔵によりダライ=ラマがインドに逃避した際,チベットにとどまり,清朝に擁立され,ダライ=ラマと不和になった。1950年(民国39)10月の中国人民解放軍チベット解放の際,14代ダライ=ラマはインドに亡命したが,10代パンチェン=ラマはチベットにとどまり,チベット人民自治区代表委員をつとめている。