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●蛮書和解御用掛 ばんしょわげごようがかり

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 幕府天文方の世界地図の翻訳事業のために1808年(文化5)から長崎の通詞馬場貞由(佐十郎)が呼ばれていたが,1810年『新訂万国全図』の刊行で一段落した。翌年貞由の引きとめ策もあって,幕府は,フランス人ショメールの『家庭百科辞書』の蘭訳本の翻訳を高橋景保の下で行うこととし,貞由が中心となり,大槻玄沢も参加した。この仕事や担当部局などを「蛮書和解御用」と呼んだが,「和蘭書籍御用」とも呼ばれた。同辞書のうち,生活や産業に役立つ項目を訳すもので,訳書は『厚生新編』と呼ばれた。この事業は安政ごろまでつづいており,その間青地林宗杉田立卿宇田川玄真宇田川榕庵など有能な蘭学者たちが関係した。この江戸時代の最大の翻訳は未刊に終わった。嘉永・安政ごろになり,対外関係が活発になると,外交関係の文書の訳もここで行ったが,よりしっかりした機関が必要となり,準備段階の洋学所をへて,1856年(安政3)の蕃書調所の発足となった。

〔参考文献〕新村出「蘭書訳局の創設」(『史林1の3』),1916

『厚生新編』復刻本4冊・索引1冊,1979,恒和出版