●磐司磐三郎 ばんじばんざぶろう
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東北地方の狩猟生活者が信奉する猟師の元祖で,マタギ相伝の縁起の一つにその説話を載せたものがある。弓箭の名人磐司磐三郎は狩猟中に日光権現の化した金紋の鹿に導かれて中禅寺湖にいたり,赤城明神との神戦に加勢を請われる。おのおの蛇と百足(むかで)に化して激しく闘っているとき,磐司磐三郎は矢の先に唾を塗って射たところ百足の目に命中した。その功を,日光権現によって時の帝に披露され,磐司磐三郎は御感を蒙って末代まで全国山々谷々での狩猟を許され,やがてその身は神と祀られたという。『日光山縁起』では猿丸太夫となっている。山形市立石寺の伝えでは磐司・磐三郎は猿王と山姫のあいだに生まれた兄弟で,慈覚大師の開山に協力し,やがてその教化によって弓箭を捨て,境内の岩屋に祀られたという。山の神の出産を助け,その恩顧によって猟運を授かるという伝説が各地の狩猟生活者のあいだに古くから伝承されている。それには二人の猟師の名が用いられている。磐司磐三郎という名もその影響によるものであり,そのおこりは岩座(いわくら)の神磐神(ばんじん)にある。