●ハンガリーのナショナリズム
ヨーロッパ ハンガリー共和国 AD
ヨーロッパの中央のドイツ人とスラヴ諸族の大海のなかで,自らの一体性を維持してきたところから生まれるハンガリー人の強烈な民族意識の現れである。ハンガリー人(マジャール族)は,中央アジアを発祥の地とするフィン=ウゴル語系の騎馬民族で,9世紀末にドナウ河下流に進出し,10世紀にパンノニア平原に定住した。その後エスニックにはほぼ完全にヨーロッパ人と同化し,また10世紀にキリスト教を受け入れ,トルコ人やモンゴル人からヨーロッパを守る“キリスト教の砦”としての使命感をもつにいたったが,他方ではスラヴやゲルマンへの反発からアジア的起源を復古的に強調する動きも現れた(例,トゥラン運動)。ことに第一次世界大戦後何百万のハンガリー人が周辺諸国に取り込まれたため,排外主義的な“修正主義”が支配的になった。第二次世界大戦後はナショナリズムは下火になり,1956年のハンガリー事件で一時的に爆発したのち,現実主義的気運が定着した。