●ハンガリー事件 ハンガリーじけん
ヨーロッパ ハンガリー共和国 AD1956 ハンガリー共和国
1956年にハンガリーの学生・知識人らの民主化要求が高まって政府の中立宣言まで引き出し,ソ連が軍事介入してそれを抑圧した事件。ハンガリーでは勤労者党第1書記ラーコシが“非スターリン化”要求をはねのけ,1956年に後継者となったゲレも同様の態度を示したため,「ペテーフィ会」を中心とする学生・知識人の民主化要求が国民の支持を得ていった。10月23日に学生たちの開始したデモが,治安機関と衝突して暴動化した。24日に当局は改革派のナジを首相に据え,ゲレに代えて粛清の犠牲者カダールを党第1書記に任命し,他方ではソ連軍の出動を要請した。しかし暴動は収拾不能となり,ナジ首相は気運に押されて複数政党を認め,11月1日にはハンガリーの中立を宣言した。4日にソ連は大規模な軍事介入を行い,同じ日にカタールはソ連領から「労農革命政府」の樹立を宣言した。青年たちは各地に革命評議会を結成して武力抵抗をつづけたが,11月中にはほぼ鎮圧された。
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