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●ハワイ

北アメリカ アメリカ合衆国 AD 

 官約移民を含む明治時代からの日本人移民,昭和初期からのハワイ音楽愛好,最近では観光と,日本とアメリカの50番目の州ハワイを結ぶ接点はますます密接になっている。年間70万を超える日本人ツーリストが訪れるハワイは,最も魅力的でしかも行きやすい海外観光地としてクローズ=アップされてきた。一般にいうハワイとは,ハワイ・マウイ・モロカイ・オアフ・カウアイの5島と,ラナイ(パイナップル会社の所有)・ニイハウ(ロビンソン家の個人所有)・カホオラヴェ(アメリカ海空軍の標的島)の計8島からなる島々である。総面積は合わせて1万6,695.5平方kmで四国の10分の9ほどにあたり,火山性の自然の恵みの豊かな島々である。

【地名起源】ハワイは,正確にはハヴァイッイと発音されるべきものである。ポリネシア人のマザー=カントリー(または死者の霊が帰る根の国)に起源して,ポリネシア各地の島名−−ソサエティ諸島ライアテアの古名,サモアの,あるいはニュージーランドのマオリ−−に対応

する名前である。かつては,ハワイは「始まり」「熱する表面を走る水」といった象徴的な解釈,あるいは「燃えるジャワ」「小さなジャワ」の意味という解釈がなされてきたが,現在の言語学者はそうした語源的解明は不可能としてふれていない。伝説では,英雄的な航海者ハワイ=ロアがハワイの島々を発見し,3人の子どもの名をとって,マウイ・オアフ・カウアイと命名し,南端にあるいちばん大きな島は自分の名前をつけた,と述べている。

【考古学的所見】1960年代に入って,ポリネシアの考古学は飛躍的に発展した。層位発掘・釣針の形による編年・ラジオ=カーボン=デーティングなどの登場のためである。ハワイでは,ビショップ博物館のケネス=P=エモリー(1898〜)・篠遠喜彦(1924〜)の両博士が中心になって,本格的な遺跡調査と研究を精力的にすすめていった。その結果,ハワイ人の先祖は,初期では4世紀ごろにマーケサスとタヒチから,また「ポリネシア人の大航海時代」と呼ばれる14〜15世紀に,タヒチがら大挙して移住のあったことが立証された。ホクレア号のハワイ-タヒチ間の2度の航海(1976,80)は,ポリネシア人大航海時代の現代における再現と回帰である。この時期よりクックの来航(1778)にいたるまでが,ハワイの伝承的歴史時代ないし古俗石器文明の時代である。クック以前に日本人のハワイ漂着・スペイン人のハワイ発見を示唆する伝承や若干の痕跡があるが明確ではない。いずれにせよ,ハワイ人がタヒチ・マーケサスの移住民に端を発するポリネシアンの1支族であるのは確かである。

【ハワイ語】ハワイ語はポリネシア語のハワイ方言で,五つの母音(A・E・I・O・U)と七つの子音(H・K・L・M・N・P・W)からなる。1820年に来布したアメリカ宣教師がローマ字綴りを決めたもので,厳密には改良の余地があり,これはポリネシア各地においても同様である。たとえばマオリの Wh を F

に改めるのも一方法で,ハワイでは L と R の文字の選択にあたって,カメハメハ2世が L のほうが形がよいといったことから決定したという話が伝わっている。ハワイ語表記で,こうした決定から消滅させられたものに T と V がある。T 音はすべて K 音に変更・吸収された。とくに W と V 音を W のみで表記するのは無理があり,表記改良が早急に考慮されるべきである。一応,語頭にある場合は W の清音(ワイキーキー, ワイキキ)次音節の場合は V の濁音(ハヴァイッイ)にするという原則があるが,これも厳密に使い分けられていない。ほかに留意すべきものは,マクロン(長音符。戦争,われわれ二人)と,省略および脱落のグロッタル(喉音)を示す(‘)表記とである。これは全ポリネシア語に共通で,この約束を知らないと,いたずらに同音異義に悩まされる。

【ハワイ諸島】ハワイ(州)は,北緯28度25分,西経178度20分にあるクーレ環礁から,ハワイ島の南端まで約2,500kmに及ぶ。これをハワイアン=チェーンと呼ぶ火山脈が通っている。しかし,実際に人間が生活している島はこの線上の東南端にある七つの島(カホオラヴェ島はアメリカ海軍・空軍の標的島なので除く)で構成されている。いわゆるハワイ諸島である。地質学的には第三紀の半ばに(2,500万年前),クーレ環礁ミッドウェー島(アメリカ海軍の所管)を出発点として東南に次々と火山が噴火し,カウアイ(550万年前)・オアフ(300万年前)・マウイ(100万年前)が形成された。ハワイ島は今も火山活動がつづき,その東南の海面下には50万年後に顔を出すといわれているロイヒ海底火山が火を吹いている。太平洋プレートテクニクス理論を証明する以外の何物でもない。海底から吹き出す玄武岩の溶岩を長年月に積み重ねていった隆起火山がハワイ諸島で,その最高点は,ハワイ島のマウナ=ケアの4,205mに達する。

【略史】1791年カメハメハ1世がハワイ島を統一,1795年マウイ島・モロカイ島を併合,同年ナアフ島を占領,1810年カウアイ島を併合してハワイ王国を完成させた。1893年第8代リリウオカラニ女王のとき,白人勢力に幽閉され王位を奪われて王国が崩壊,白人勢力による臨時政府が樹立された。臨時政府はアメリカ政府に併合を要請したが,当時のクリーヴランド大統領に拒否され,臨時政府勢力により翌1894年「ハワイ共和国」ができた。1898年マッキンレー大統領のとき,米西戦争が勃発したことにより,ハワイの戦略的重要性が認識され,同年8月12日アメリカ領土となり,内務省の管轄下に置かれた。1941年12月7日(日本時間12月8日),日本海軍が真珠湾を奇襲した。第二次世界大戦では日系兵による100大隊,442部隊がヨーロッパ戦線で活躍した。1959年8月21日,アメリカの第50番目の州となり現在にいたる。

【人口】1983年の推定人口99万4,000人。このうち約60%がアジア・太平洋諸島系,約33%が白人系,残余は黒人系・インディアン系その他で,アメリカの州としては特殊な人口構成である。

【経済・産業】ハワイにはアメリカの太平洋総軍司令部があり,地球表面の約半分に展開するアメリカ軍を統轄しており,戦略的な要衝でもあるので,陸海空軍および海兵隊がそれぞれ巨大な基地をもち,軍の管理する土地は900平方kmと広大である。ハワイに住む軍人とその家族は1981年現在12万6,000人で,州人口の十数パーセントを占める。国防省の同年度のハワイでの支出は15億2,000万ドルにのぼり,そのほか軍関係の主要契約が約6億ドルあり,またハワイ州に住む退役軍人が受け取る恩給は毎月930万ドルを超え,また,軍に雇用される民間人は1万9,000人に及ぶ。したがって,ハワイの経済から軍あるいは基地を切り離して考えることはできない。ハワイ州の伝統的な主要産業は,砂糖キビ・パイナップルを主体とする農場と製糖があったが,砂糖もパイナップルも発展途上国との競争によって阻害され,ハワイ経済における優位性は失われつつある。これに対して観光産業は,1971年に最大の産業となり,その地位を保っている。1983年の来訪者数は436万8,000人(うち日本人観光客72万9,000人)で,つねに10万人以上の観光客が滞在しているといわれ,これらの観光客がハワイに落とす支出は年間40億ドルに達する。このほか主要産品としては,牛肉・牛乳・生花・マカデミア=ナッツ・コーヒーなどがある。

【教育・研究機関】州立のハワイ大学の傘下に7校の短大があり,さらに私立大学が4校ある。またハワイ大学マノア本校の敷地内にあるイースト=ウェスト=センターは,連邦政府によって,東西文化・学術・技術の交流を目的として1960年に設立されたが,現在は独自の教育・研究機関となり,世界40数カ国から集まった1,500人が研究や学位獲得にいそしんでいる。1898年創立という古い歴史をもつビショップ博物館は,単にハワイと太平洋諸島の文化・歴史・人類学・自然科学に関する資料が豊富に揃っているだけでなく,トライネシア各地の発掘調査・遺跡復元その他の活発な活動を行っていることでも有名である。

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